『型染め』その2

染と織のコト

中学を卒業して以来この道うん十年の名人。手の動きは単純に見えるが、型の形状、材質、染料の粘性や色の性質によって最適なタッチで淡々とすすめていく。写真は紙に型染めの手順の見本を染めてもらっているのだが、全く手を抜くことなく全色染めてくれた。

鹿の毛を使う刷毛。いい毛は毛筆の筆などに使われるため、ものによってのバラつきがある。使い込んでいくほどに手になじみこっちの云う事を聞いてくれるそうだ。

材質はもみの木の一枚板。いまでは入手困難。この工房の貴重な財産だ。反ってしまっては使い物にならない。型をおいても凹凸が出ないように平らな状態でいることも大切。

この高さまで40キロもの板を上げ下ろししなければならない。筆者は数センチ上げるので精いっぱい。たしかに男の仕事だ。

弊社の大好きな柄の一つ、御所解文様の型紙が中庭に干してあった。型をいい状態に保つためにメンテナンスは欠かせない。

数千は下らない型紙。工房の中にほとんど無造作においてあるのだが、大将に伺うとどこに何があるのかほぼ頭に入っているとか。。

この5色であらゆる色を調合しまう。耳かきくらいの僅かな分量でもまったく違った色になる繊細な世界だ。

 京都の西に染の技師の松江さんを訪ねた。

 京都のきもの、とりわけ京友禅といわれる染めものに携わる人々は、染上がった美しい裂と同じく、複雑な仕組みである。
職人をたばねるのは悉皆屋さんである。
悉皆屋さんは、タクトを振る役割。
それぞれの技師たち人材の配置を決めフォーメーションを組み、ときには激しい相克や葛藤がありモノを作り上げていく。
とりわけこのタクトを振る人物の力量が作品の良しあしを決する。それは、知識とかセンスとか段取りのよさ、あるいは人としての魅力のようなものも含まれるのかも知れない。
人を動かし、やる気にさせ、持っている力以上を引き出す。
優れた演奏者たちを調和させて、観客の心に響く裂を奏でるのだ。

 数年前に亡くなった悉皆屋さんの英之助さんは松江さんのことを称して、「あんたのとこは、けれんもん屋やな。」と話したという。外連味(けれんみ)のない というのは「はったりやごまかしがない」という意味なので、「けれんもん屋」というのは「はったり、ごまかしがある様。」か?あるいはいい意味では「何でも器用にできる。」というような意味だろうか。

 松江さんが手がけるのは、木版染である。
御自宅の1階に工房がある。明るい部屋。使い慣れた作業机まず、作業板の上に生地を固定する。染料をフエルトのような布に筆を使ってまんべんなく塗り、その上に文様を彫った木版を置く。染料が載ったタイミングをみて、生地にハンコを押すようにしておいていく。木版の染は概ねこの繰り返しである。

 松江さんは右手でリズミカルに迷いなく置いていく。
まるでその場所に定められているように、一直線に。
フエルトに行き、正しい分量の染料をもらい、生地に行く。
正しい場所に正しい時間とどまり、また、フエルトに向かう。
80回を少し過ぎたところで、二尺程を染終わった。全くズレがない。

 「このくらいできるようになったらまぁあとは同じでしょ。」
「そこまでがなかなかできるようにならへんのよ。」と横から奥様。
夫の仕事を自然に手伝うようになり、こうした高度な技も身につけて今では奥様の方が得意なのだそうだ。
このお二人の息の合った器用さが、悉皆屋の御大をして「けれんもん屋」と言わしめた、ゆえんかもしれない。
とにかく様々な注文に応じていろいろなことに挑戦してきたそうだ。
きっと御大は松江さんならここまでやれるだろうと、その人柄と腕を見抜いていたにちがいない。

 「ほめられたんかな?どないやろ?」と松江さんは笑っている。

なによりも一番大切なもんです、と色の調合の基準となる資料。40年を越える膨大な量の色への工夫がつまっている。灰色の調整をされておられたが、筆者には違いがいまひとつわからなかった。常に目を鍛えておかないとわずかだが重要な違いに気づくことは不可能だ。

テラスには美味しそうな干し柿がありました。