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Vol.18 「表具師」の北村さん Vol.17 指宿紬 〜上原達也さんの仕事〜
Vol.16 飯田紬を訪ねて〜廣瀬染織工房〜 Vol.15 きものを大切に守る仕事 〜シミ抜き・洗張りの職人〜
Vol.14 『型染め』その2 Vol.13 ひとを育てる 〜電気屋さんと幸之助さん〜
Vol.12 受け継がれてゆく能登上布 Vol.11 畳のはなし
Vol.10 木版染めの技師と悉皆屋 Vol.9 土佐手縞 福永世紀子さんの織物
Vol.8 結城紬の糸の源 Vol.7 勝山さんの帯
Vol.6 上原美智子さんの織物 Vol.5 西陣のこと
Vol.4 「型染め」の魅力 Vol.3 現代の染織と魚座のこと
Vol.2 赤の帯 染織家Aさんの帯 Vol.1 築城則子さんの仕事 小倉縞


きものを大切に守る仕事 〜シミ抜き・洗張りの職人〜

摺れによって変色した部分を戻す作業に使う刷毛。
様々な太さを使い分ける。タヌキの毛だそうだ。

お父様が亡くなったあと全てを切り盛りしたお母様が作ったアイロン台。
これだけは母を思い出して未だに捨てられないのです。と

高温の蒸気を利用してしわを、生地に負担なくのばす愛用のアイロン。

文字通り所狭しと様々な道具や溶液が並んでいる。長年の経験が的確な道具を選択できるようになっているようだ。誰が見ても整頓されている?!というもの、ではないらしい。

Fさんはお年は80に届こうかというのになんとも好奇心の塊のような方だ、里山に桜を植樹する活動をなさっておられる。いっしょに山に入ると、木の種類や利用の方法、けもの道、いのししの習性、鹿がいかに害獣であるか、などなど話はつきず面白い!
最近はその好奇心の向きが織豊時代の研究に向かい、秀吉が担ぎあげた織田信長の孫の三法師の本当の母はだれか?などなど、郷土のいろいろな団体から依頼を受けて講演もされておられる。

4月の初めごろに見ごろをむかえる様々な種類のさくら。地域のゆるやかな繋がりの豊かさや、自分たちの育った風景を大切にしたい思いが伝わってくる。

 40年近くきものの手入れ、しみ抜きや洗張りや、そのほかもろもろの無理を聞いて頂いているFさんの話。

 Fさんは昭和がようやく二桁になった頃の生まれ。太平洋戦争中、6歳の時、きものの手入れを生業としていたお父様が亡くなってしまう。一家の大黒柱を失い、男ばかり6人兄弟の4番目、お母さんを支えて、兄たちとともに家の仕事を手伝った。私たちには想像もできないほど大変な思いをしたに違いない昭和の激動期、しかし60年あまりを過ぎた今は、その頃を懐かしむように楽しそうに聞かせていただいた。

 大変優秀であったお兄様たちが違う道に進んだこともあり、二十歳すぎのとき勤めていた会社を辞し、家業を継ぐことになった。
 戦後間もなく、Fさんたちにとって大きな転機がやってきた。宝塚歌劇団の仕事を受けるようになったのだ。阪急グループの総帥であった小林一三さんは大手の業者ではなく「住んでいるその土地に根差してやっているところが信用を一番大切にするからいいんだ。」とFさんたちに白羽の矢を立て、「職人はあそばしたらアカン。」と、夏の時期になっても、まとまった洗張りなどを大量に持ち込まれて、一年を通じて仕事が途切れる事がなかったという。
 歌劇団の舞台の衣裳というのは、納期まで数日という厳しい注文など苦労も多かったそうだが、一般のお客様には多い、食べこぼしや泥汚れなどというようなものは全くない。手入れをするにあたって、それだけは大層助かったそうだ。
 当時はほとんどが洗張りの仕事。すべて解いて洗う。歌劇団の中に「お針子さん」とよばれる舞台衣装を専門に縫製するスタッフがいた。

 その後きものを解かずに洗うことができる丸洗いという技術がひろがり、それに伴ってFさんの仕事も一般の顧客のしみ抜きや洗張りなど、今日のお手入れ全般という形態になっていった。

 一般にきものの手入れや洗張りなどの依頼を受けた時は、まず預ったきものが一体何でできているのか?これを見抜くことからはじまる。
 絹なのか?混紡なのか?絹でも羽二重系の撚糸が少ないもの?お召しやちりめんなどの撚りがきついもの?お召しなどの先染?染料は天然か化学染料かなどなど。つかっている糸が絹紡糸(けんぼうし)などのときはさらに気をつけなければならない。普通の染めものであっても染料の吸いつきが悪くにじみなどの原因になりやすい。手触りや糸の撚りを観察し、素材を特定していく。
 つぎに素材にあった薬剤を用いて汚れの原因を取り除く。汚れの種類によって薬剤の種類、濃度を見定めて落としていく。
 汚れを取り除いたあとの仕上げ。これも重要な工程でこの良しあしで出来が決定的に違ってくる。ふっくらと優しく仕上げてもらうのが私たちの好みでもある。

 いかにも作家の作品!といった個性的な表現をした手描き友禅の訪問着がある。
 白地に赤いバラの花が描かれている。赤い花びらには何色もの赤を用いて実に瑞々しい表現。しかし、Fさんにはこの瑞々しい赤が十分に色が止まっていないと見える。僅かの部分で試してみると案の定赤の染料が動く。こうなると洗張りや汗取りを通常の方法でおこなうと取り返しのつかないことになってしまうのだ。

 どうやってこうした特殊な技術を身につけたのか伺ってみた。
まだ難しいしみ抜きなどができなかったころ、京都の古いしみ抜き屋さんに仕事を頼んでいた。急ぎの品を持ち込んだ時、その場で職人さんがしている作業をじーと見ていた。薬剤の匂い、使う分量、はけの色、種類、使い方まで、とにかくその作業を見て盗もうと必死に見ていた。あるとき思い切って質問をしてみると、いつも熱心に見てはるなぁ。と、こころよく丁寧に教えてくれたそうだ。そうやって教えていただいた技術や、自分で試行錯誤を繰り返しながら身に付けた技術が基礎になり、的確に早く解決方法にたどりつく道しるべになっている。

「きれいになって当たり前、の仕事やからね。これがむつかしいんですね。うで身につけるンは経験しかないんですわ。よーけ失敗もしましたよ!」とFさんは笑う。
 職人にはなれないが私は、Fさんからは学ぶことが山のようにある。