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Vol.18 「表具師」の北村さん Vol.17 指宿紬 〜上原達也さんの仕事〜
Vol.16 飯田紬を訪ねて〜廣瀬染織工房〜 Vol.15 きものを大切に守る仕事 〜シミ抜き・洗張りの職人〜
Vol.14 『型染め』その2 Vol.13 ひとを育てる 〜電気屋さんと幸之助さん〜
Vol.12 受け継がれてゆく能登上布 Vol.11 畳のはなし
Vol.10 木版染めの技師と悉皆屋 Vol.9 土佐手縞 福永世紀子さんの織物
Vol.8 結城紬の糸の源 Vol.7 勝山さんの帯
Vol.6 上原美智子さんの織物 Vol.5 西陣のこと
Vol.4 「型染め」の魅力 Vol.3 現代の染織と魚座のこと
Vol.2 赤の帯 染織家Aさんの帯 Vol.1 築城則子さんの仕事 小倉縞


『型染め』その2

中学を卒業して以来この道うん十年の名人。手の動きは単純に見えるが、型の形状、材質、染料の粘性や色の性質によって最適なタッチで淡々とすすめていく。写真は紙に型染めの手順の見本を染めてもらっているのだが、全く手を抜くことなく全色染めてくれた。

鹿の毛を使う刷毛。いい毛は毛筆の筆などに使われるため、ものによってのバラつきがある。使い込んでいくほどに手になじみこっちの云う事を聞いてくれるそうだ。

材質はもみの木の一枚板。いまでは入手困難。この工房の貴重な財産だ。反ってしまっては使い物にならない。型をおいても凹凸が出ないように平らな状態でいることも大切。

この高さまで40キロもの板を上げ下ろししなければならない。筆者は数センチ上げるので精いっぱい。たしかに男の仕事だ。

弊社の大好きな柄の一つ、御所解文様の型紙が中庭に干してあった。型をいい状態に保つためにメンテナンスは欠かせない。

数千は下らない型紙。工房の中にほとんど無造作においてあるのだが、大将に伺うとどこに何があるのかほぼ頭に入っているとか。。

この5色であらゆる色を調合しまう。耳かきくらいの僅かな分量でもまったく違った色になる繊細な世界だ。

 型を使って染める『型染め』のきものや帯は、連続する柄の楽しさや精緻さが魅力と言われる。 

京都のKさんが手がけている染めのものは『型染め』でありながら、ちょっと違う魅力を放っている。

 3代目になるKさんとは先代のころからかれこれ20年以上のおつきあいになるが、合うたびにどこか奥の方の引き出しから面白いものを出してくれる。

 普段は仏光寺近くの事務所で会うことが多いのだが、数年ぶりに山科の工房をたずねた。

 型染めは生地の上に文様にしたい柄を彫った型紙を置いて染めていく技法だ。

 50センチほどの幅、7メートルほどの長さの平らな板に白生地をピーンと固定する。型の位置を定めて、幾種類もの刷毛やへらを染料やのりによって使い分けて染める。型の場所をかえて、また染める。型をかえ、色をかえ、刷毛をかえ、これを繰り返す。

 良く知られていることだが、板場とよばれるここの現場は過酷だ。

 この空間は乾燥を避けるため、冷暖房は使わない。床は土間だから冬はしんしんと冷え、夏はとても我々は入っておれないほどの暑さになる。

 次の工程に行く前に生地を乾かせるため7メートルもの板を頭上に垂直に持ち上げなければならない。40数キロもある平らな板を1メートル以上もである。

 板を上げたり下ろしたりする作業は一日に40回も50回も繰り返すという。(それで最近まで女性の職人は皆無だったそうだ。)

 「どのくらいやってるかって?

 大分から集団就職でね。金の卵とかいわれてね。でも周りは、つらくて3ヶ月でほとんど帰ってしまいよったね。当時はみーんな厳しかったから。朝から晩までずーと働いてたからね。

 いまではこの人しか、まずできんやろ。という名人。複雑な仕事を正確に仕上げていく。

 それに加えて厳しいのは色のことだ。

 Kさんたちは色にとかくうるさい。

 現場を預かる大将は先のKさんのお祖父さんのころから、とにかく親父たちはずーと議論していたことを懐かしそうに話してくれた。

 「長い時は一日10時間。柄と色で喧々諤々ですわ。ぼくも勉強やと思って横で5時間は辛抱してましたけど、、、(笑)イメージをつかむまでがとにかく大変やったね。ぼくらもそんな色やったらアカンって、そらもう毎日ですわ。それでね、晩年は親父とは、『もうそろそろ秋向けに、あの柄をあん時の色でやってくれへんか。』ってね。“あれ”“それ”通じるんやからね。そらもうすごいもんですわ。」

 両方を良く知る大番頭のHさんは懐かしそうに話してくれる。

 「僕みたいに、現場を知ってると壁をつくってしまうんでしょうね。この柄は彫るんがむずかしいな、とかきものにしたら大きすぎる柄やろ、とかね。でもきもののこと知らんというかあえて知らんようにしてたのか、、、トルコやらオーストリアやら行ってきた時の向こうのお菓子の包み紙や、お土産のパッケージで、この柄作れとか、この色にしてやー、ってね。今から考えても、ものすごう発想が自由やったですね。」

 先達が取り組んだ、頭と頭を突き合わせ、悩みぬいて取り組んだ職人と作り上げた関係は、それこそが最大の財産だったようだ。気脈を通じあうなかから生まれる妥協のない色彩は、時代が変わってもとどまることなく洗練され、自由な発想による柄が伸びやかに現出する。 
 Kさんたちによって生み出される型染めは新しい魅力にあふれている。

 「僕らはね、10年たって、20年たっても、お客さんがたとう紙をあけて時に、ああええ色やねって言ってもらえる。そういう仕事がしたいんです。」お会いするたびにいつも先代が話してくれた言葉と笑顔を思い出した。

なによりも一番大切なもんです、と色の調合の基準となる資料。40年を越える膨大な量の色への工夫がつまっている。灰色の調整をされておられたが、筆者には違いがいまひとつわからなかった。常に目を鍛えておかないとわずかだが重要な違いに気づくことは不可能だ。

テラスには美味しそうな干し柿がありました。