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Vol.16 飯田紬を訪ねて〜廣瀬染織工房〜 Vol.15 きものを大切に守る仕事 〜シミ抜き・洗張りの職人〜
Vol.14 『型染め』その2 Vol.13 ひとを育てる 〜電気屋さんと幸之助さん〜
Vol.12 受け継がれてゆく能登上布 Vol.11 畳のはなし
Vol.10 木版染めの技師と悉皆屋 Vol.9 土佐手縞 福永世紀子さんの織物
Vol.8 結城紬の糸の源 Vol.7 勝山さんの帯
Vol.6 上原美智子さんの織物 Vol.5 西陣のこと
Vol.4 「型染め」の魅力 Vol.3 現代の染織と魚座のこと
Vol.2 赤の帯 染織家Aさんの帯 Vol.1 築城則子さんの仕事 小倉縞


結城紬の糸の源

 茨城県と栃木県に近接する結城地方(茨城県結城市、栃木県小山市)では8世紀から、織物が織られていた記録がある。
 現在の結城紬は昭和年代に様々な柄の工夫や国指定の文化財になっていく中で、確立してきたものであるが、軽くてあたたかい、着やすい、体に添って尚、動きやすい、着る人を美しく見せてくれる・・・・きものを着つくしている方から、きものを着始めた方まで、いつかは結城をさりげなく着こなしたい。と言わしめる魅力的な裂。
 さまざまな賞賛の言葉で語られる結城紬の所以はいったいなんだろうか?

 弊社の女将はずいぶんと結城紬に深い思い入れがある。40年ほどになるというが、古い結城紬を集めたり、着たりしたものが数多く残っている。(写真1〜6)
 膝のあたりなどは、すっかり薄くなってしまい、使い込まれた風情を出してしまってはいるが、新しい結城紬にも、古い結城紬にも、独特の艶と、「紬」とは思えない程のしなやかさがある。
濃紺地に緯糸に絣を用いて、更紗文様を表した昭和初期頃の作と思われる結城紬。
絣糸の表現が多彩になり、濃紺地ではあっても鮮やかな着物になっていく。
緯糸の絣糸によって表現された源氏車文様。「車」部分は乾燥して歪まないようにするため、水に付けておいた。といわれるが、水面に漂う車をこんなデェフォルメで表現したのか!
喝采を送りたくなるユニークな文様。
菊蒔絵を彷彿させる大胆な菊がひしめきあっている。一反の幅、約38cmに二輪は入らない。赤色の菊も印象深いのだが、実は他の菊もそれぞれ色を微妙に変えている。大胆な構図を繊細な感覚で作る、今のものづくりにもぜひとも生かしたいヒントが詰まっている。
鮮やかな紫地に鳳凰を緯絣で表現した、昭和初期ごろと思われる結城紬。絣の色もかなり鮮やかな水色だ。結城紬は平織りの織物なので、どうしても鮮やかな色表現は難しい。
それを斬新な色彩の組み合わせにより鮮やかに見せてくれる。
今日では結城紬の代名詞とも呼べる亀甲による経緯絣。面白いのは細かい亀甲絣が20ほど集まって、大きな亀甲を形作っている。「絣の設計士」は当時すでに21世紀のフラクタルアートを意識していたのだろうか。
戦後、昭和30年頃の結城紬と思われる。地は縮み、経緯の絣による亀甲、十字、しかも絣の色数も増え、より表現が複雑になっていく。幾何学的な文様そのものは何をモチーフにしているものだろうか、装飾具か武具、あるいはアフリカの仮面のようにも見える。
結城紬の原料となる袋真綿。ほおずりしたくなるほど柔らかい。この中に埋もれたい。

真綿づくり、繭の保存にもさまざまな工夫をこらしておられる関根さん。

熱風による乾燥を施していない繭。筆者の写真技術ではとらえきれていないが、明らかに普通の繭とは艶が違う。

繭の中のさなぎをいわば仮死状態にしておく。

魔法のような手つきで繭を開き、真綿を重ねていく佐藤さん。

佐藤さんのつやつやの手!

保原はかつて一面の桑畑であった。住宅や果樹園が増え経済効率の低い養蚕はしだいにより山間部に移っていく。

 そんな結城紬の魅力を探るため、まず、結城紬の素材である「袋真綿」(ふくろまわた)を作っている福島県伊達市の保原という地をたずねた。「真綿」(まわた)というのは絹糸の原料である繭を開いて5つ程を重ねたものを呼ぶ。
 結城紬を実際に製品として生み出しているのはもちろん、前述の栃木県と茨城県にまたがる結城地方である。その前工程の原料を作っているのがこの保原なのだ。

糸に無理をさせない。自然であるということ
 通常、採取された繭は熱風で乾燥させて、繭の表面も、中のさなぎも、からからに乾燥させて殺すことで、保存に適した状態にするものです。
 しかし、「熱風で乾燥」という工程は、約3デニールといわれる、蚕が吐く一本一本の細い糸から水分を奪い、絹繊維のしなやかさ、艶を失わせてしまっているのではないか?と考え、この「乾燥させて保存」という作業をせずに保存する方法にチャレンジなさっておられる関根さんにお話を伺った。

 関根さんは乾絹させずに繭を保存する方法として、低温で保存する方法を試行されておられる。これは、温度が低すぎると熱風以上に乾燥が進む、高すぎるとさなぎが活動して繭を破ってしまう。そこで、何度も何度も温度、時間を試行錯誤して、繭が持っている水分を保ちつつさなぎが成長しないようにする最適解を見つけられた。
 この方法であれば、繭を痛めつけるのではなく、無理をさせないことで、そこから取られる糸はしっとりとした艶、水分を保ち続けることができる。


袋真綿の早業

 さて、こうして集められた繭を、次の工程では袋真綿(ふくろまわた)にする。この袋真綿(ふくろまわた)から糸を引いて結城紬の原料の糸にするわけだ。
 これは主に農閑期の女性の仕事。たらいの中のお湯に浸した繭を、すべて手だけで開いて蚕のさなぎを取り出し、5、6個の繭を引き延ばして1枚の袋状の真綿をつくる。これを(25センチ×15センチくらい)の大きさに整え50枚を合わせて一秤と呼ぶ。
 大きさの揃った、均質な真綿からでないと優れた結城紬の糸が引き出せない。この真綿の善し悪しが、織り上がった布の質を決める大切な要素である事は云うまでもない。
 筆者もぜひにとお願いして体験させてもらった。(簡単そうに見えたので、、、)ところが、まず繭から開くところが皆目わからない、その場所を教えてもらって、うまく指を入れた、と思っても均一に開く事ができない、こんな真綿だと、糸は切れやすく、どんな糸とりの名人でもよい糸はとれない。
 その横でこの道、んー十年の佐藤さんはまるで魔法のように、次から次へと仕上げていかれる。説明をして、お話をされているのに手は全く止まらない。「佐藤さんの袋真綿は糸とりがし易い!」といわれる所以である。
 簡単そうにみえる作業(といっては失礼だが)こそが実は難しく、こうした技が積み重なって、美しい結城紬を作り上げているということが身を持って感じた。
(余談ですが、佐藤さんの指のつやつやしてきれいなこと!どうやら繭の成分が素肌にとってもよいそうです。)

 この福島県保原の地で、絹=真綿が本来もっている、しなやかさや高い保温性、キラキラと美しく輝く艶を大切にした手作業と、より素晴らしい素材を求めてやまない人々の工夫を見ることができた。
 糸を生み出し、染め、織るという、まさに物が出来上がっていく場、実はそれ以前になされる、ひとつひとつの工程が結城紬の輝きにつながっている。