店舗のご案内 きものあれこれ ぞうり通信販売
HOME>きものあれこれ
Vol.18 「表具師」の北村さん Vol.17 指宿紬 〜上原達也さんの仕事〜
Vol.16 飯田紬を訪ねて〜廣瀬染織工房〜 Vol.15 きものを大切に守る仕事 〜シミ抜き・洗張りの職人〜
Vol.14 『型染め』その2 Vol.13 ひとを育てる 〜電気屋さんと幸之助さん〜
Vol.12 受け継がれてゆく能登上布 Vol.11 畳のはなし
Vol.10 木版染めの技師と悉皆屋 Vol.9 土佐手縞 福永世紀子さんの織物
Vol.8 結城紬の糸の源 Vol.7 勝山さんの帯
Vol.6 上原美智子さんの織物 Vol.5 西陣のこと
Vol.4 「型染め」の魅力 Vol.3 現代の染織と魚座のこと
Vol.2 赤の帯 染織家Aさんの帯 Vol.1 築城則子さんの仕事 小倉縞


勝山さんの帯

眩しい緑に包まれた周山。

適度な湿度を保つために機が設置されている部分は直ぐ地面。

しなやかさとハリが適度なバランスの組織を作る箔。手もみというだけあって少し不均一なところが独特の地風になる。

本袋と呼ばれる袋帯をリズムよく、ひとこし、ひとこし丁寧に織る。作業はゆっくりに見えるが、すぐに汗がふきでてくる。

十数年使い続けている松葉色の帯。この帯を締める季節になるたびにわくわくして
しまう。

京都御所のすぐそば、丸太町通りを西へ、妙心寺をぬけて周山街道に入ると、にわかに雲行きがあやしくなってきた。
周りを杉林の山に囲まれる頃には激しい雨になってしまい、高山寺に寄り道するプランはあきらめざるをえなかった。

激しいゲリラ豪雨のただ中、山道をぬけることおおよそ1時間、栗尾峠を越えると一気に下界に視界が開けた、山にかこまれた稲の緑一面の田まで降りてくるころには雨はすっかりやんでいた。

その間、ドライバーのOさんは後ろの座席に収まった私に(雨音の激しさのお陰で、)大きな声で、この周山という湿気の多い洛北の気候と、ご自身の勤める機屋さんの織りに対するこだわりを聞かせてくれた。

Oさんは以前はきもの業界の方なら誰もが知っている大店に勤めていたそうだが、大店ゆえの小回りの利かなさに、そこは事業継続が困難になり、この機屋さんへ転職なさったそうだ。

この周山という土地は標高700メートルと450メートルほどの山の間に、もう川幅10メートルもないくらい狭くなった桂川が流れている。
山の間といっても田は一面一面がとても広く、家々もたいそう立派で、なにか豊かな土地なのである。
そんななかにぽつねんと機屋さんの建物がある。

Oさんの話によれば、以前は何軒かの機屋さんが西陣から移転してきていたそうだ、
気候のよさには気づいていたのかもしれない、程良い湿度が一年を通じて保たれているそうだ。
適度に湿度が安定していると機に掛けた糸が状態良く織れるのだ。

もう、20年以上も前の話だが、弊社の女将がこの機屋さんの帯の締めやすさにびっくりほれ込んだ。
当時はまがいものらしき似たものもあったように記憶しているが、なんともその帯の締めやすさは他では真似できず、この地風はどうして作り出せるのだろう?と考えていた。

立ち姿を眺めると、きものとのほどよい異質感、あるいは光沢感があり、傍によると色彩の深さに驚き、思わず手に触れてみたくなる、締め心地はしなやかで、しかし結んだ形はシャキッとする。そんな帯なのである。

この帯には独特の箔が使われている、そう考えてきた。
一般に箔というのは和紙に金や銀などの金属を展延したものや、漆、顔料などの彩色を接着し、幅を0.3mmくらいに裁断し、引箔として織りこむ。
Oさんは材料そのものは、なにもそれほど特別なことはないのだが、、と遠慮がちにおっしゃりながら、しなやかにするために、箔を手で揉んでおくことや、柄に使う絵緯糸の構成について、何度も何度も議論を重ねて作っていく過程と面白さを語ってくれた。

周りをすっかり田にかこまれた見渡しのいい一角に手織りの機が10台と少しならんだ工房で、小気味よい音を響かせている織り手の方にお話を伺った。

失礼ですが何年ぐらいこの織りの仕事、なさっておられるのですか?
そりゃもう30年も40年もやっとるよ。でも、はじめての柄、織るのは1年生よ。だからいっつも1年生よ。そう思って織っとるんよ。はははは。
明るく楽しそうな笑い声に、こちらまで笑ってしまった。
超ベテランのかたが、超絶の技法で織っている、、なにかそんな答えをステロタイプに思い描いていた自分が少し恥ずかしかった。

Oさんが語ってくれたように、たしかにデザインは自分たちで考えている、その独自性は確かに、ある。
しかし特別な材料や、高価な金箔をつかっているばかりではない。
むしろそういったことよりも、ただただ、締めやすく、さらには一日の長い時間締めていても使い心地のよい帯にするためには、という一点に心を至らせれば、必然として出てきた答えを素直に続けている。ということなのだろう。
そして、一線に立っている手を動かすひとたちの、物に向かう作り手の謙虚な心がこの織物の本当の使い心地よさではないだろうか。